犯罪 (著)フェルディナント・フォン・シーラッハ 感想

まるで事実だけを刃物で切り取ったような文章が独特の雰囲気を作り上げています。とても簡潔な淡々とした語り口で数々の犯罪を綴っていくのですが、それが逆に読み手の想像力を刺激して印象に残ります。題材となっている事件はそれぞれ異常で衝撃的なものです。しかし、その犯人も動機もありふれた日常から現れていることが共通していて、「なぜ普通の人が犯罪を犯したのか?」ということを深く考えさせられました。例えば、ある事件では犯罪歴もなく周囲から信頼されている裕福な開業医が妻を殺害し、またある事件では夢見る不良青年がちょっとした出来心からおぞましい犯罪の引き金を引きます。全編を通して犯罪という社会にとっての異常事態を描いていますが、それによって読者の前に現れるのは、犯罪を犯した者がそれ以前いかに普通の人間だったのかということ、そしていかに簡単なことが人間を犯罪に駆り立ててしまうかということです。得体の知れない恐ろしい犯罪が日常と地続きで起こっている、というのはニュースや新聞で事件を知ることが当たり前になっている私にとって衝撃的で、心を揺さぶられました。作者は社会の中の犯罪をえぐり出すことで、逆にありふれた一般人のもろさ、わたしたちが生活している社会の危うさについても描いたと言えます。この小説の恐ろしさは、こうした恐怖が直接、情感たっぷりに描写されるというのではなく、まるで警察の発表のような簡潔な文章を自分で読み解き想像することでそれに気づくという構造にもあると感じました。ホラーでもミステリでもない、不思議な魅力がある本だと思います。