名人 (著)川端康成 感想

「名人」は碁の世界で不敗の名人と言われた第二十一世本因坊秀哉の最期の戦いを、観戦記を元にして小説化した作品です。
本因坊秀哉名人は、昭和十五年一月十八日朝、熱海のうろこや屋で死んだ。数え年六十七であった。
物語の書き出しで、既に主人公である本因坊名人はこの世にはありません。ここから、著者の回想が始まります。
この話の見所は、まず名人と若手の実力者大竹七段との性格の違い、或いは根本的な性質の違いが顕著に現れているという部分です。
「先生、私、はばかりが近くて、対局中にたひたび失礼いたします。」
碁盤に座る前に大竹七段が、名人にこう言います。
その言葉に対して名人の答えます。
「私も近い。夜中に三度も起きる。」
一見すると、何てことがないように見える会話ですが、二人の心は全く噛み合っていないのです。
大竹七段は病的ともいえる神経質で、緊張すると対局の間に何杯も茶を飲み、その度にはばかりに行くほどなのです。
対する名人は、著者が表すようにぼんやりとした性格で細かい物事にこだわらない性格で、単純にはばかりの話と捉えています。
この会話に象徴される二人の違いが、対局中に様々な問題を生み出していきます。
名人の体調が徐々に悪化していくのを、観戦記者の目線で冷静に、時に畏敬の思いで観察し続ける著者。
身体の弱る老人との戦いに思い悩みながらも、勝負師として碁盤の前に座る大竹七段。
立場の異なるそれぞれの想いが、碁盤を通して交差していきます。
勝負を離れた名人と著者の関係性から亡くなるまでの交流も、この作品の大きな魅力となっています。